理論

変化の時代(1)

以前の記事、「矛盾の世界」ではあらゆる事物がもつ性質として矛盾(対立物の統一)を捉え、「社会発展の法則性」では矛盾の哲学である弁証法の考え方を用いて社会変化のメカニズムを考えました。

今回からは「変化の時代」である現在に焦点を当てて、何が変わろうとしているのかを考えていきましょう。アプローチは今までと同様、「変化」という事物を弁証法的に捉えていきます。

量的変化と質的変化

「変化」には2種類あります。量的変化と質的変化です。例え話から始めましょう。

水はその在り方によって様々な名前に変わります。お湯として溜まっていればお風呂や温泉、空から振っていれば雨、山から流れていれば川や滝、溜まっている量によって水たまりや池など。でも全部、液体としての水に違いありません。液体の水にとって、これらの在り方の変化を量的変化と言います。

水を沸騰させて水蒸気にすれば、それは先程までの水ではありません。液体から気体に変化したからです。水を凍らせて氷にした場合も同じで、液体から、固体に変化しています。液体の水にとって、これらの在り方の変化を質的変化と言います。

実はこの場合の量的変化と質的変化は、「液体の水にとって」の話です。「H2Oという物質にとって」は、液体、気体、固体の変化は、H2Oとしての質は何も変化していないため、量的変化だと言えます。この意味で、同じ変化でも見方によって、量的変化でもあり質的変化でもあるということです。この水の例は「普遍性と特殊性」の説明でも用いており、この言葉を用いると、特殊性の視点から見たら質的変化でも、普遍性の視点から見たら量的変化になるということです。ここでも、一つの変化を相対的に見ることで質的変化と量的変化という対立物が統一されていることが分かります。

特殊性に囚われない視点

量的変化と質的変化は、社会の在り方や人間の考え方にも当てはめることができます。例をあげましょう。

電話の発明は、遠くの人と話す事ができるという意味で、人間の距離に対する考えを変えました。インターネットの発明は、知りたい事をすぐに知ることができるという意味で、人間の情報に対する考えを変えました。5G通信の導入によって、人間は通信を呼吸のように当たり前のものだと考えるようになるでしょう。自動運転によって、人間は車と道路を電車と線路のように考えるようになるでしょう。

こういった技術的な変化は確かに人間の生活スタイルを大きく変え、事物に対する考え方も変えていきます。その意味で、これらの変化は「人間の考え方にとって」は質的変化です。しかしこれはあくまでも「人間の考え方」という特殊性から見た場合の話です。ではこれらの技術的変化の背景にあるのは何でしょうか?それは「いかにして儲けるか」という価値観です。なぜなら、儲からなければ事業として継続していけないからです。この人間の価値観は、資本主義社会という土台から生まれています。つまり「資本主義社会にとっては」上記の電話やインターネットや5G通信や自動運転などは、全て儲け方の違いでしかないという意味で、「資本主義社会」という普遍性から見ると全て量的変化だと捉えることができます。

上記のように、特殊性から見るとあらゆる変化が質的変化に見えてしまいますが、普遍性から見ると量的変化だということが分かります。昨今は特に、この特殊性の視点のみから変化を捉えることで、「世界が変わる!」というような意見が多く見られますが、資本主義社会が土台である以上、普遍性の視点から「世界は何も変わっていない」と捉えることもできます。変化を冷静に捉えるには、このように特殊性と普遍性の視点から、質的変化と量的変化の両面を認識する必要があります。