理論

矛盾の世界(5)

前回の記事では、 事物が全て一時的・相対的なものであるという捉え方によって明らかになる「相対的な独立」という矛盾について説明しました。今回もその捉え方によって明らかになる「普遍性と特殊性」という矛盾について説明します。

「普遍性と特殊性」という矛盾

”水”は様々なかたちで存在します。雨、川、滝、池、海、プール、お風呂、シャワーなど、それぞれ形状や量や温度は異なりますが、”水としての性質”は同じです。つまりそれぞれの在り方にとって”水としての性質”は普遍的であるということになります。
”氷”も様々なかたちで存在します。雪、氷河、つらら、スケートリンク、かき氷など、これらもそれぞれの在り方にとって”氷としての性質”は普遍的です。
しかし水と氷の性質はそれぞれ異なっていても、物質としては同じH2Oになります。この場合、より普遍的なH2Oという物質から見ると、”水”や”氷”という状態は特殊的であることになります。

この例でも分かるように、”水”や”氷”は個々の在り方にとっては普遍的ですが、H2Oにとっては特殊的です。つまり水や氷は「普遍であると同時に特殊である」ことになります。「~にとって」というのは「相対的」ということですので、相対的に捉えることで「普遍性と特殊性」という矛盾(対立物の統一)が明らかになりました。

また「一時的」という事物の捉え方でも、この普遍性と特殊性の矛盾を明らかにできます。例えば、”資本主義国家”の個々の在り方として日本やアメリカやドイツ等々多くの国があり、各国にとって”資本主義国家”というのは普遍的なものですが、”国家”から見ると”資本主義国家”の他に”社会主義国家”もあるため、特殊的な国家の在り方になります。現在多くの国が資本主義国家ですが、これが特殊的であるならば、未来には新しい国家の在り方が存在してもおかしくないことになります。これは資本主義国家が一時的なものであると捉えることによる発想です。また”国家”自体も普遍的なものではなく、人類社会の特殊的な在り方の一つに過ぎないかもしれません。未来には国家以外の社会が築かれている可能性もあります。これは国家ですら一時的なものであると捉えることによる発想です。つまり一時的であると捉えることは、普遍であり続けるものは無いし、特殊であり続けるものも無い、ということに気付かせてくれます。

このように、事物を一時的・相対的であると捉えることにより、事物が持つ「普遍性と特殊性」という矛盾を正確に認識することができます。