理論

矛盾の世界(1)

人類が自由を手に入れるため、すなわち人類が自らの未来を自ら選び実現するためには、私たちが生きるこの世界を正確に認識する必要があります。まずは弁証法という哲学の考え方を用いて、「矛盾」という観点からこの世界を見てみましょう。

矛盾はおかしいことなのか?

「矛盾」という言葉の語源は有名ですね。何でも貫ける矛と、何でも防げる盾、それらは同時に存在できません。それが「矛盾」だと。しかし実際はどっちも存在しないのです。その意味でこの語源のストーリーは本当の意味での「矛盾」になっていません。

矛盾。それは「ある事物が対立を含んでいるという関係」を意味します。例えば「今日」は、昨日にとって「未来」ですが、明日にとっては「過去」ですね。ということは「今日」という事物には、「未来」と「過去」という対立が含まれていることになります。つまり「今日」は矛盾していることになります。でも今日は今日だし、確かに今日は存在します。何が言いたいか。

矛盾しているということは、おかしいことではないということです。
むしろ矛盾は、この世界の事物がもつ本質的な性質であると考えられます。

矛盾 = 対立物の統一

上の例を言い換えると、「今日」は「過去」と「未来」という対立物が統一されていることになります。他にも例を挙げてみましょう。

あなたが卵を落として、殻が割れて、中身が外に出たとしましょう。殻が割れたことは、あなたが卵を落とした「結果」ですが、中身が外に出たのは、殻が割れたことが「原因」です。つまり殻が割れたことは「原因」であり「結果」でもあるのです。ここでも対立物が統一されています。

あなたは生きるために、食料を「消費」しているはずですが、それによりエネルギーを「生産」しています。つまりあなたが生きることは「消費」であり「生産」なのです。これも対立物の統一です。

弁証法という考え方では、「矛盾」とはこの対立物の統一を意味します。そしてこの世界のあらゆる物事はこの矛盾という性質を含んでいるのです。